「地政学」は「地理学」の産物―
地理学は、自然界、地域や特定の場所、宇宙を含む空間、すなわち、平面・空間・時間要素を含む次元・仮想空間を加えた「五次元世界」の様々な現象を学問として整理、体系化したものです。最近では、この世界を「領域」と呼び、「陸・海・空・宇宙・電磁界・電子・認知(意識)」を戦争の世界に導入しするようにもなっています。地理学は、この世界において、天象気象などの自然現象、経済・社会・文化など人の行為が引き起こす現象・事象・存在といったテーマを追究する学問に拡張されています。
人類は様々な環境に対応して集団を形成してきました。それぞれは生活習慣・風俗・言語・宗教など独特です。その集団が新たな生活圏を求めて移動すると他の移動集団や先住の集団と出会って衝突します。時代が進むと、集落・部族が発展した民族・国家という大集団が固有の生存圏を造り、衝突すると勝者が敗者を支配します。そして国々は、政府を作り、軍隊を増強し、国民をまとめ、熾烈な生存競争に勝利するため、軍隊に加え非戦闘員の市民にも犠牲を強いる戦争を繰り返して来ました。
歴史を顧みると、人々は平和を願いながらも、戦争を根絶やしにすることに失敗してきました。いつの時代も世界の何処かで戦争や紛争が起きています。世界には戦争を仕掛ける国や民族、そしてそのリーダーたちが数多く存在してきました。現在も何らかの理由で他国を攻撃したいと考えている国やリーダーが存在し、実際に戦争や紛争が起こしています。ひとたび武力衝突が起きると、殺戮と破壊が行われ、犠牲が拡大していきます。そして、戦いの勝者が敗者を支配することになります。このため、どこの国も、国と国民を守るために軍備を整えざるを得ません。しかし、兵器をそろえ、軍隊を増強しておけば安心できるかというと、決してそうではありません。
こうした大陸の「人口が増え力を付けた国が他国を侵略して国土を拡張する『国境線を前進させ』・『受け身となった国は必死に防衛を試みる』戦争の繰り返し」は、地理学を政治・軍事に適用させることになりました。軍事衝突が必然となった地続きに国境を接する大陸では、侵されない強国を築くという「戦争に勝ち、覇権を握るための地政学理論」が生まれました。それが地政学の原点です。
従って、二度の世界大戦に懲りた人々は、互いに兵器を使用しない、あるいは使わせないために、地政学を応用した「国家群の形成」、即ち「ヨーロッパ連合 ”European Union -EU-”」を成立させました。しかし、他方で人々は、これを国家群の対立ととらえた「冷戦時代の東西対立のかたちに復古する国家群形成」の兆しが現実化した「プーチンの戦争」に悩まされる現実に直面しています。
日本は国の誕生以来、他の民族や国に日本全体が侵略、支配された歴史がありません。これには、日本が海に囲まれた単独の島国国家であるという地理学的な条件が大いに関係しています。第2次世界大戦で敗戦しましたが、幸いにして日本人自身が国家を維持し続けてきました。そして長い間、日本は、他国、他民族と争う戦争の無い平和を維持することが出来ました。従って日本人には、「国境線を前進させる戦争を仕掛ける国」の脅威の実感に乏しく、大陸で誕生した「地政学」の理解が曖昧で、いつの間にか「地政学的」が枕詞化しているという現象さえ起きてしまいました。
平和とは具体的にどういうことを言うのでしょうか。仮に平和を戦争や紛争が無い状態のことを言うのであれば、私たちは、その平和の状態をできるだけ長く維持し続ける必要があるのではないでしょうか。世界の平和を願い、全世界が秩序を共有できるよう、他国との協力関係を維持することの重要性を訴え、国際関係のバランスを作らなければなりません。
いま「地政学」は、そのための策を考えるための学問として、あらためて注目されるべきでしょう。地政学の「地」は地理、「政」は政治のことです。地政学は、その国が地球上の何処に在って、他国との位置関係がどうなっているのかといった地勢的な特徴に加え、生活習慣、風俗、言語、宗教など、様々な要素を考慮して、国家がどのように動くのかを考える学問です。これからの時代は、複雑化している国際情勢を読み解き、全世界の人々が平和という価値観を共有するために「新たな地政学」の視点が重要性を増すはずです。
「地政学」は、その地理学と政治・外交・軍事・経済・文化などの他分野とが融合して生み出す「人類生存の知恵」の理論です。戦争の世紀に謳われた軍事との結びつきを強くした覇権の理論に立ち還ることを戒め、人々の安定した平和共存を助長することに応用されるべきです。また移動や通信技術の発達はグローバル化を加速させ地球全体を一つの生存圏にしました。従って戦争など世界の重大事件を「島国だから分からない知らない」ではなく、日本の誤解・錯覚・独善を招かないよう「地理学とその産物である地政学に親しむ機会」を提供し、理解の一助となるように願い本書を上梓致しました。
NPO国際地政学研究所 理事 林 吉 永