[緊急寄稿]ウクライナからの気づき(第4報)

停戦の期待は乏しいが、ウクライナ後を見据えなければ
戦争が始まってほぼ1か月になります。連日、悲惨な映像が流されています。3月といえ
ば、10日の東京下町大空襲、11日の東北大震災、20日のイラク戦争開戦の記憶と重な
り、不条理な悲劇への共感が強くなる時期かもしれません。あらためて、過去の悲劇が風化
することはないし、させてはいけないと思います。
許し難いロシアの戦争プラン
以前、首都キエフ陥落は時間の問題と書きましたが、キエフはまだ首都として機能し続け
ています。それは、ウクライナが組織的に抵抗していることを意味しています。一方、東部
マリウポリなどいくつかの都市はロシア軍に包囲されながら頑強な抵抗を続けています。
全体として言えば、西側からの武器や情報の供与があり、ロシア軍に相当な被害を与えて
いる。ロシア側の損失は、兵員1万人、戦車など1000両、航空機100機以上とも言わ
れています。また、春を迎え凍結した地面が溶ければ、戦車は泥にはまって動けなくなると
も言われています。これらが、プーチンにとって誤算であったことは間違いない。
しかし、ウクライナの「軍事的勝利」について、私はやはり悲観的です。ロシアの損失は、
ロシア軍全体から見れば「軽微」であって、前線の士気を低下させても、全軍の戦闘能力を
奪うものではない。また、地上戦で不利であれば、化学兵器を使う方法もあるし、ミサイル
で首都の中枢を破壊し、ゼレンスキー政権を「排除」することもできる。イラク戦争で米国
は、サダム・フセインの居場所とされる施設を何度か攻撃していました。ロシアが、ゼレン
スキー大統領の居場所すらわからない、とは思えません。
なぜそうしないのか、また、キエフを3方向から包囲していますが、南が開いていること
も不思議です。黒海沿岸から軍を北上させるのは、ウクライナへの補給が続く限り不可能に
近い。ゼレンスキーが南ルートで「逃亡」することを狙っているとしか思えません。
ロシア軍は、民間施設を標的とする攻撃を激化しています。ロシアは、マリウポリに対し
て降伏を呼びかけ、ウクライナは拒否しています。包囲された都市は、外部からの補給や援
軍がないわけですから、やがて「陥落」すると思います。ロシアの戦争プランは、複数の都
市を陥落させ、民間人の犠牲を増大させることでウクライナの戦意を挫き、やがてウクライ
ナに降伏を迫るもののようです。マウリポリは「見せしめ」ということです。そんな理由で
民間人を殺すことに、改めて憤りを感じます。
戦争は、政治目的達成の手段です。近代国家の戦争は、拡大の連鎖の中で、毒ガスや原爆、
無差別爆撃という「戦法」を生みました。それらは、政治目的達成の手段としては過大な殺
戮をもたらすことから、法的に禁止され、道義的にも使えない手段となってきました。政治
目的が妥当で、自衛として適法な戦争であっても、「民間人を殺傷してはいけない」という
のが、現代の戦争ルールです。
米国もイラクなどで民間人を殺傷していますが、それは「誤爆」とされるものでした。い
まウクライナで起きている殺害は「誤爆」ではない。プーチンの戦争は、政治目的の妥当性
がないだけでなく、手法においても全く許しがたいものになっています。
停戦の展望と「狂人理論」の復活
当事者による停戦交渉が継続しています。私は、停戦の成立に悲観的です。東部2州の「独
立」やクリミアの「割譲」については、妥協の余地があるかも知れません。2014年以来
の「不条理な現実を受け入れる」という決断ですから。ただ、それには、残る「ウクライナ
全土」からのロシア軍の撤退と、今回の戦争被害への補償が必要だと思います。また、それ
でプーチンが満足するだろうかという疑問が残ります。
ウクライナの「中立・武装解除」は、あり得ないと思います。「中立」のためには、ロシ
アと米国による安全の保証が必要です。そんな合意ができる状況ではありません。「武装解
除」に至っては、現にロシアの侵攻を受けた以上、ウクライナは飲まないでしょう。
やはり戦争は、どちらかが完全に疲弊しないと止まらない。また仮に停戦しても、双方が
条件に満足しないと、早晩、戦争が再開します。そこで、外部からの仲介・圧力が求められ
ることになります。仲介は双方の妥協点を探ることですから、今その時期ではありません。
圧力の面では、SWIFTを通じたドル決済からのロシア除外が発動されましたが、3月
のロシア国債の利払いがドルで行われ、デフォルトが回避されました。プーチンの面子をつ
ぶすことへの遠慮があったのかもしれません。デフォルトは織り込み済みだったはずです
が、それは、プーチンによるNATOへの攻撃など、新たな反応を招き、第3次世界大戦の
引き金になる可能性があると考えてもおかしくない。そこに、戦争を決意しない制裁の限界
があります。だが戦争は、本当に世界大戦になる可能性がある。
ここに、停戦への圧力が働かない理由があります。大国のパワーゲームの中では、「何を
するかわからない」ほうが有利だという“Mad Man Theory”です。ドナルド・トランプの得
意技です。(もっともトランプは、戦争をしたくなかった。)核を持った「狂人」には、周囲
が気を遣わざるを得ない。核の時代に、これは本当に危険なことです。ウクライナ問題を離
れても、何とかしなければならない人類の危機です。
「狂人」を止めるのに戦争という手段がないのであれば、可能な手段は、世論による包囲し
かありません。核の規制に向けた世論の盛り上がりが必要です。
いかなる指導者でも、恐れるのは自国の世論です。世論は、戦争となれば指導者を支持す
る傾向があります。プーチンへの支持も70%台です。これを可能にしているのは報道統制
です。しかし、ネットの時代に、それは案外早く崩れるかもしれません。一方、そうなる前
に決着をつけようという意識が働くでしょう。だから私は、楽観的にはなれないのです。
ポストウクライナの課題・・・昔には戻れない
さて、仮に停戦が成立した場合、我々はどうするのでしょうか。戦争が終わってよかった
ね、では済まないと思います。上述の通り停戦は、ウクライナ側の妥協を前提としています。
それは、武力による既成事実を是認することです。ウクライナがそれを認めたとしても、不
当であることに変わりはありません。国際社会は、不当な武力行使による不当な結果を見過
ごすわけにはいかないと思います。これは、「第3次世界大戦を避ける」という問題とは切
り離して考えなければなりません。
つまり、ロシアが利益を得ている限り、それを是認できないし、制裁や外交的対抗手段は
とり続けることになるわけです。それが長引けば・・・長びくということはロシアが屈服し
ないことですから、制裁する側に疲弊が生まれるでしょう。しかし、もう昔のような関係に
は戻れない。北方領土交渉は、1956年の東京宣言(平和条約と2島返還合意)以前の状
況に戻ってしまいました。
米中会談のニュースもありました。米国は、中国による軍事的支援を牽制しています。中
国は、プーチンが制裁で窮地に陥ることを避けようとしています。多分それが両者に共有さ
れる「相場観」だと思います。やがて状況が落ち着いたとき、中国がロシアの轍を踏まない
ようにする方策が検討されるでしょう。それが軍拡競争を通じた抑止の強化になるのか、あ
るいは1996年の台湾海峡危機の後、クリントンが訪中して台湾独立の不支持を述べた
ような緊張緩和外交につながるのかに注目しています。
いずれにしても世界は、ウクライナ戦争以前の昔には戻れないのですから、米中の指導者
にそれだけの理性が残っていることを期待しましょう。多分、無理かもしれません。私も、
現役の官僚なら、無理だと思うでしょう。しかし、一市民としては、政府ができないことは
世論によってしなければならないと考えることにしています。

2022/3/28 国際地政学研究所 理事長 柳澤 協二