北朝鮮有事:「日本国民」に「覚悟」はあるか IGIJ 理事 林 吉永 (注:『新潮Foresight』から一部加筆転載)

4月11日、外務省は、韓国渡航および在住者に対し、朝鮮半島情勢に関する情報への注意を呼び掛けた。理由は、北朝鮮が弾道ミサイル発射・核実験をくりかえしているからである。

現時点、「制裁・警告・抑止」の意思が明確な米国の軍事行動が進められており、対して、北朝鮮の挑戦的反発が顕わである。現在、シリアの「罪無き市民への化学兵器攻撃」に向けられた米国のミサイル攻撃の含意、「ならず者は許さない。堪忍袋の緒が切れた」は、北朝鮮に向けられている。

「費用対効果」で導かれた北の軍備

北朝鮮の陸軍は、戦闘員を肩が触れる密集隊形で、東西距離約248kmの38度線に並べると、「1列25万人の横隊」が4列できる。北朝鮮陸軍は、約52万人の米韓陸軍に対する優勢を利し、韓国予備役約320万人の動員前に38度線を越え、半島を南進する電撃作戦に投入されるだろう。
海軍は、艦艇240隻・約21万トンの韓国海軍に比べ外洋戦闘に適さない780隻の艦艇・約10万トンと劣勢だが、近年、3000トン級潜水艦(隻数など詳細不詳)からの弾道ミサイル発射成功によって、地上の移動発射型弾道ミサイル同様の脅威となった。
空軍は、第4世代戦闘機MIG-29・18機、第3世代戦闘機MIG-23・56機、亜音速攻撃機SU-25・34機など、旧式作戦機が多数の約560機を保有しているが非力である(以上、数値は2016年版『防衛白書』より)。

このように見ると、北朝鮮が費用対効果を考慮し、反体制の行動に利用される恐れがある、しかも経費のかさむ艦艇や作戦機の整備を避け、弾道ミサイルやABC兵器の開発を選択したことが理解できる。その結果、北朝鮮は「攻撃は最大の防御」戦略を定着させたのである。

逃げ場なく「臨戦態勢」へ

朝鮮半島海域に向かう米艦隊は、4.5世代戦闘機F/A-18を3個飛行隊60機余搭載の空母カール・ビンソン、誘導ミサイル搭載駆逐艦2隻、および巡洋艦、弾道ミサイル撃墜能力を持つイージス艦などで編成されている(4月9日BBC News)。

加えて韓・米の作戦機は、韓国空軍、在日米軍の第4世代戦闘機F-15、F-16、F-18が合計約350機と、朝鮮半島の航空優勢は圧倒的で、北朝鮮が航空作戦を挑むとは考え難い。
海上では、韓・米海軍が朝鮮半島海域を支配する。その象徴が米空母カール・ビンソンの「15日の所定海域到着」と「10-15日の米原子力空母ロナルド・レーガン参加の朝鮮半島西海域米韓軍事演習」である。カール・ビンソン艦隊が朝鮮半島東海域に進出すれば、15日には、北朝鮮の逃げ場が無い「挟み撃ち」の臨戦態勢を呈する。

英国の戦略家リデル・ハートは、太平洋戦争について、「米国を筆頭に連合国が日本に対して、石油禁輸など『退路を絶つ封鎖』を行って『窮鼠猫を噛む』状態に追い込み、勝利の公算の無い戦争に走らせた」と評した。北朝鮮は、日本がかつて体験した「窮鼠」に陥らないだろうか。

シビリアン・コントロールは機能するか

安倍晋三首相は、米国のシリア空軍基地攻撃後、トランプ大統領に電話し、決断に自信を与え、抑制的ではなく「軍事力による対北朝鮮強攻策」を後押しする「支持」を伝えた。この姿勢は、結果として、弾道ミサイルの目標を、「在日米軍基地」から「米軍の作戦をサポートする日本」へと拡大させ「日本攻撃」の蓋然性を高めた。それは、国民の意思に問うことの無い、「米国との一蓮托生をアピールする」「国民の生命財産の犠牲に思いが及ばない」パフォーマンスではなかったか。

第2次世界大戦中、チャーチルは首相就任時に、英国民に対して「勝利のためには、どれだけの犠牲が出ても耐え、苦労と困難を克服しなければならない」(1940年5月13日)と演説し、戦争に臨む「国民の覚悟」を求めた。

「日本及び国民の命運を握る首相の決断」には、「国民の覚悟」が必須である。しかし、今現在の時代精神には「必死」が見えない。米国の軍事行動が見える他方で、日本の「戦争に関わる厳しさ」が見えてこない。
事態がエスカレートし防衛出動に到れば、「重要影響事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律(平成十一年五月二十八日法律第六十号)」の発動が予期される。最悪の危惧は、防衛出動を下令するシビリアン・コントロールがまともに機能するかどうかである。「適時的確な決断」を巡って小田原評定が予感されるのは徒(いたずら)な心配だろうか。